卒業式などの式典で国旗を掲揚しない、日本国家君が代を斉唱しない。
このような学校、あるいは極左思想に侵された教師たちは反吐が出るような輩ですが、柏市議会議員にも同じ輩がおります。

殺人集団中核派とほぼ思想が同じである極左議員内田ひろきです。

3月16日(金)
卒業を迎えた皆さん、おめでとう。
地元の子ども達が通う先日の逆井中の卒業式に引き続き、今日は増尾西小の卒業式に招かれた。
君が代の斉唱には不起立で臨んだ。
特に中学校では、最近の卒業式は一同起立し、開会の辞に引き続き、そのまま君が代を斉唱する為、拒否の意思を示す場合は、あえて着席しなくてはならないのだ。
君が代の斉唱を終え、校歌斉唱の時に再度立ち上がる。
不起立闘争と言うよりかは、むしろ着席闘争なのである。
卒業式で仰げば尊しが歌われなくなった事は大変良い傾向だと思う。
2番の歌詞に「身を立て名をあげ やよ励めよ」と言う文言が含まれているからである。

卒業式

反国家、日本が嫌いであることを誇らしげにひけらかしておりますが、日本が心底嫌いであるのならば出ていけばいいじゃないかと。何度でも書きます。共産主義、共和制が大好き。天皇陛下、ご皇室を批判するのであれば中国や朝鮮に亡命してください。

逆井中学校、増尾西小は、いくら市議会議員の先生だからと有難がってこのような極左思想を持った人間を卒業式に呼ぶのは辞めましょうよ。子どもたちの晴れの舞台ですよ?君が代を歌わない、起立をしない。日本が嫌いなのはこの男の勝手だとしても、それを見た小中学生がどう思うか考えたことは無いのでしょうか?国を愛さない、国歌は歌わなくても良い、国歌を歌うことは悪いことだ。と考えるようになってしまう人もいるでしょう。

「君が代の斉唱を終え、校歌斉唱の時に再度立ち上がる。不起立闘争と言うよりかは、むしろ着席闘争なのである」

気違いにも程があります。この男が話すこと、書くことは意味不明でありいつも開いた口が塞がらないものです。着席闘争って椅子取りゲーム以外に思いつきませんよ。

争いが嫌い、競争が嫌いと常々言っている割には、着席闘争、不起立闘争、労働闘争、戦闘的な労働者がどうのこうのと、やはりエセ平和主義の極左は暴力革命という考えが頭から離れることはないのでしょう。二言目には「闘争」ですから。

仰げば尊しを斉唱しないのは絶対におかしい

私は今回初めて知りましたが、実はちょっと前から公立学校では歌わなくなったんですね。闘争大好き人間内田ひろきが言うように「2番の歌詞に「身を立て名をあげ やよ励めよ」と言う文言が含まれているからである」ことと、他のブログ等には教師と生徒は平等であり、教師だけを敬うのは不平等。上下関係があるのはおかしいとのことです。「仰げば尊し 歌わない」等で検索すれば、なぜ歌わなくなったのかがすぐわかると思います。

何でもかんでも平等にすれば良いというのは、社会主義者の考えです。社会主義は悪平等。国家の幹部は裕福になり、それ以外の人間は貧乏人という社会です。ですから、ソ連や支那共産党のスターリン、毛沢東の時代は特に教師や医者の身分は低く、賃金も今と比べたら非常に少ないものでした。

生徒が先生を敬うのは当たり前であり、戦前、戦中はごく当然のことでしたし、今と比べて尊敬できる教師がたくさんいたのでしょう。

「生徒目線」でなどと言いつつ、生徒に媚を売るような教師は尊敬されません。生徒からあだ名で呼ばれてニヤ下がっている教師もそうです。私も子供の頃は教師にあだ名をつけていましたが、教師本人をあだ名で呼ぶことはありませんでした。もし、呼んでしまったら、必ず引っ叩かれました。

教師は生徒の暴走を抑えられなくなって久しくなりました。
日教組のちからが弱まったとは言え、内田ひろきのような人間を卒業式に呼ぶ、仰げば尊しを歌わないなど、反日左翼思想はしっかり浸透していると感じますね…。